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特集「M&Aを正しく活用する時代」

第4講 M&A買い側企業担当者の心得

現在は、株式会社URVプランニングサポーターズのM&Aアドバイザーとして、M&Aの仲介やアドバイザリーを担当しております僕ですが、独立前は、M&Aの買い側の担当部門の役員を務め、いくつもの企業を買ってきました。

こんな僕が、「M&Aを正しく活用する時代」シリーズの第4講では、買い側担当者の心得を、本音で発信したいと思います。

M&A担当部門は、大企業の花形部署

企業の多くが、M&Aを経営戦略に位置付ける時代です。

ある程度の規模に達した企業では、新規事業をゼロから創出することは、時間がかかりすぎる点からも、リスクの点からも、ヒトの経営資源的にも、得策ではなくなりました。そのようなことから、ある程度の規模の企業の経営戦略や、新規事業開発を担う部門では、M&Aが、その手法の中心に置かれています。

M&Aは、「経営・戦略・財務・税務・法務の総合分野」でもあり、その習熟には、これらの総合的・横断的な知見が不可欠です。そのため、買い手企業のM&Aの部門は、一様に、アグレッシブで、かつ非常に頭のよい、仕事が抜群にできる方によって構成されておられます。

僕は、現在は、M&Aのアドバイザーとして、買い方・売り方の様々な方とお目にかかります。

売り手は中小企業のオーナー経営者やベンチャー企業の経営者の方。
もう一方の買い手は、大企業のM&A担当部門や新規事業部門の方。

タイプがまったく違います。

買い手側のご担当者は、こちらからの連絡に対するレスポンスも早く、仕事の判断も早く、かつ、話もスピーディーで合理的です。画にかいたような、仕事のできる方が殆どです。

お話をお伺いすると、現場からM&A部門に抜擢された方が半数くらい。
あとは、コンサルティング会社や、外資系企業・銀行や証券会社から、直接、M&A部門に入られてこられた方が、半分くらい。

そんな、構成のように感じます。

僕もまた、独立前に、M&Aの買い側の担当部門の役員を務めた会社では、後者の部類に属するタイプでした。僕の場合も、現場の営業から上がってこられた役員の方と、僕で、チームを組み、M&Aにあたっていました。

現場ご出身の方は、主に、代表取締役や取締役会にて案件の調整を行ったり、M&A後のPMIの人事の調整をしたりする役割。
僕は、案件の収集・分析・バリュエーション、そして契約など、M&A実務の専門的な部分を担う役割。

こんな分担でした。

現場からM&A部門にあがってこられる方というのは、大体、どこの企業でも、営業部門や企画部門を中心に、その企業を隅々まで知り尽くした、エース級の役員・部長職・課長職の方が、就任されます。

一方、僕もそうでしたが、外部からM&A部門に入る方は、学歴や職歴で、相当に、「可愛くないタイプ」です。MBAホルダーを中心とした、画にかいたような、エリートのコースの方々、ということになります。このような人たちが、チームを組み、社内の他部署に一切、情報を漏らさずに(M&Aの業務は、機密保持が最大の業務の条件となります)、アグレッシブになにかをやっているわけですから、企業のそれ以外の現場組織からは、何か、「社長特命秘密部隊」のようにみえます。

花形、の業務なのですが、どこか秘密めいた、得体のしれない集団のように、社内からはみられているのが、買い側企業のM&A担当組織です。時々、このような秘密めいた組織に興味を抱く、自分の能力に自信がある若手社員が、怖いもの見たさで、僕たちに近寄ってきて、
「自分、M&A部門に入りたいんです」
と言ってくることもあります。

ただ、普通は、M&A部門は、役職者ばかりで構成される(僕がいた企業は、役員クラスだけで構成していました)ので、なかなか、若手が入ってくることが難しいのが一般的で、仕事の内容も話してあげるわけにはいきません。

これが、買い手企業のM&A組織です。

今や、一定規模の企業では、M&Aが事実上、新規事業の最善の手法

例えば、売上高が1000億円の企業を例にとってみましょう。M&Aの買い手側プレーヤーの世界では、この規模の企業が、ちょうど、中堅どころの企業規模です。このような企業は、本業で、業界の中で、一定のポジションを占めています。ブランド力も、そこそこある企業です。そうすると、本業のマーケットは、ほぼ、製品ライフワイクルの中で、成熟化しています。

成熟化したマーケットで、一定のポジションをとっている企業は、キャッシュフローが安定していますが、他方、そのマーケットで、劇的な成長は見込めません。そうすると、その生み出されるキャッシュフローを投資して、本業の下位ポジションの企業を買収してシナジー効果を発揮して収益を狙うとか、川上や川下の企業を買収していくなどの行動を行い、時間を節約して成長を見込むことが戦略としては、妥当になります。

一方、新規事業を開発するとしても、売上1000億円の企業にとってインパクトがある新規事業というのは、売上高で10%程度をスタート段階から打ち出せなければならないわけです。社内にやる気のある社内ベンチャーを育成してみても、到底、このようなインパクトのある新規事業に、短期に育つものではありません。そこで、ある程度、成長性が見込めるベンチャーを買収してゆくという方針をとるわけです。

このように、ある程度の規模の企業にとって、今や、M&Aは、新規の成長性や生産性を生み出す、極めて重要な戦略です。

そのため、売上1000億円程度の企業の場合、新規事業開発部門や企画部門が、そのままM&A担当部門である場合が、非常に多いのです。

M&Aの本当の難しさは、PMIにある

M&A戦略で、最も買い方の企業にとっての大きな課題の一つは、
「買った会社に、誰を代表者として派遣するか」
という人的問題です。

M&Aの手続きが進み、基本合意契約を締結して、デューデリジェンス(DD)によって、「これは現実に買収できそうだ」という運びになると、買い側の企業の代表取締役を中心とするボードメンバーの間では、買った後に、誰に、この企業の操縦を任せるかという問題が、裏側で議論が始まります。

M&Aにとって、重要なことは、クロージングというM&Aの最終段階の後なのです。M&Aが終わった後から、実際のその会社への経営が始まるのです。

売り側の企業は、勿論、買い側の企業とは組織文化も異なります。従業員には、M&Aは秘密裏に交渉が進められますので、株式譲渡が発表され、経営陣が変わるということになれば、従業員は誰でも動揺します。組織文化の違いを乗り越え、従業員に安心感を与え、更に、モチベーションや組織のチカラを高め、更に、買い側と売り側のシナジーを発揮させて、業績を出していくための組織再構築に、スピードをあげて変革を実行させなければなりません。

これに失敗をしてしまえば、大きな買い物が、大損の買い物になってしまいます。

このM&A後の実務を、PMIと呼びますが、このPMIこそ、M&Aの最も重要事項なのです。

実際、M&Aを戦略的に活用している企業の中で、M&Aに成功をした案件の率は、概ね、30%程度といわれています。逆にいえば、70%は失敗案件と把握されています。

このM&Aに失敗する案件の失敗原因は、主に、

  1. バリュエーションの失敗(高く買いすぎ)
  2. PMIの失敗(M&A後の経営のまずさ)

の、2点のいずれかにあると言えます。

一方で、M&Aに成功する買い方企業のコツは、

  1. 単なる純資産法で算定するのではなく、その会社の事業計画をしっかりと詰めた、将来生み出されるキャッシュフローを現実的に見極めた上での、ディスカウントキャッシュフローを重視したバリュエーションを行う
  2. PMIを担う人材をしっかりと見極めて、M&A後の実務を成功に導く

の、2点にあると言えます。

担当した買収企業の役員への転籍

そして、バリュエーションとPMIは、連動している問題なのではないかと僕は、思っています。

いくらで買うのが正解なのか、という答えがあるわけではないのが、M&Aの世界ですので、結局、正解の価格というのは、買収後に、その企業を買った企業に、M&A戦略で目標とした利益やシナジーがどれだけ出たか、投資価値に見合ったか、という観点からしか、出せないのではないかと思います。

どんなに、理論的に買収価格を分析したとしても、それは結局、机上の計算に過ぎません。

M&A部門の担当者は、買収を進め、成功させることを目的にしますから、売り側と妥結できる価格で、何とか、社内の納得をえて、投資を進めようと、代表と役員会を説得する立場に回ります。

そうなると、役員会からは、
「あいつがあそこまで言うのだから、買って、あいつに責任を負ってもらおう」
という声が出るやすくなります。

M&Aの担当役職者が、買った企業の代表として、送り込まれやすくなるわけです。バリュエーションをはじき出した人が、PMIについても、きっちりと責任をとれというのは、ある意味で、正論なのです。このことを、M&Aの担当部門に入ったら、肝に銘じて仕事を進めたほうがよいと僕は思っています。

これを心得ずに、他人事のように、M&A実務だけを進めていると、そのM&A案件は、失敗案件になってしまい、
「あいつが買った企業は、すべて失敗だ。」
というレッテルを張られてしまうのが、M&A部門の宿命だとも言えます。

自分が買った案件については、自分が、代表者として送り込まれる、「国替え」をされる覚悟で、買い側のM&A担当者は、案件にかかっていく必要があると、僕は、常々思っていました。

僕自身のM&A経験と、PMI

僕は、40歳になるまで、アメリカのニューヨークのウォール街で、M&Aを含むファイナンシャル系経営コンサルティング業務を経験し、2007年に日本の東京に本拠地を移しました。

僕の目標は、自分の事業を遂行する、自分の企業グループを構築することでした。しかし、アメリカをベースにした仕事が長かった僕は、日本のビジネスに関する人脈や、日本の事業慣行、法務や税務の最新情報に弱点がありました。

この弱点を補うには、少々、時間を要します。

そこで、僕は、日本の大企業で、外資系コンサルティング会社での経験を持った僕を必要としてくれる企業の役員クラスに着任して、弱点を補い、独立の準備を進めるプランを選択しました。そこで、結果的に、約10年間で、3社をわたり歩き、経験を積ませていただきました。

そのうち、2社で、買い側・投資側のM&Aを経験させていただきました。その結果、僕は、アメリカでのクロスボーダーM&A・敵対的買収・成長企業投資などの経験と、日本での事業承継型M&A・事業再生の、多方面の実務的な経験を積むことができ、その経験をもとに、現在、株式会社URVプランニングサポーターズの代表取締役として、M&Aアドバイザーの業務を進めています。

ただ、僕もまた、先に書いた2社でも、M&A担当者として、買収後の企業のPMIを自分で責任を持たなければならない立場に、何度か立たされました。独立した今だから、書けるのですが、僕の目標は、先に書きました通り、あくまでも自分の企業グループを造ることでした。

お世話になった企業の「雇われ役員」に身を沈めるつもりがなかったのです。

M&Aで企業を買収するのは、ターゲットが定まれば、数か月で実施できます。しかし、PMIで、その買った企業の代表者になっていく、ということは、そう簡単なことではありません。その企業の従業員のすべてを背負うことになり、人生をかけて、行く必要があります。

僕自身、このPMIの責任者にたつことを巧みにかわすため、かなり苦労しました。まさか、取締役を拝命している僕が、”自分は独立したいので行きません”、などとは、絶対に会社に対して言えないわけですから、ここには苦労しました。

徳川家康になるか、明智光秀になるか

買い側の企業から買収先の企業の経営者に着任することは、いわば、新領地への「お国替え」です。

そこには、企業文化や体質がまったく異なる社員たちが、こちらを、不気味なインベーダーのような目で待ち構えているわけです。突如、カネを持っている大企業から、その会社を何も知らない奴が代表取締役として、乗り込んできて、自分たちの上につくのですから、不安を感じないヒトは、誰もいません。

このような不安の固まりのようになった社員の方々に、生活や仕事を安心して遂行してもらいながら、これまで経験したことがないシナジー効果を生み出すように働きかけ、成長を実現してゆくというのは、まさに、大名のお国替えと同じ、リスクが伴います。

M&Aの技術的な方法を駆使して、買収を成功させるのとは、全く異なる別天地へ、自分の国を領地替えされるわけです。

戦国時代、国替えによって、大きな命運がわかれたのが、明智光秀と、徳川家康でしょう。

明智光秀の、織田信長への謀反の原因の一つは、国替えを信長から示唆されたことと言われています。丹波・近江志賀軍郡の領地から、敵国の毛利領であった出雲・岩見に国替えを示唆された光秀は、これに深く怨嗟して、本能寺の変に突き進んで、ほろんだと言われています。

現在のサラリーマンでいえば、これまで勤しんで発展させてきた事業部から、M&Aで買ったばかりの会社の代表にさせられる、ということを、怨嗟と感じるということと似ています。

一方、徳川家康は、豊臣秀吉から、北条征伐の後の関八州への国替えを示唆されました。徳川家の家臣たちは、猛反発をしたにもかかわらず、家康は、秀吉に従い、三河・駿河・遠州などの、秀吉が勃興する前からの徳川領を豊臣恩顧の家臣たちに明け渡し、関東に移動します。そして、これによる負担を口実に、秀吉の朝鮮出兵を巧みにかわし、関東の江戸に、大阪を超える都市「江戸」をつくり上げ、江戸幕府の礎を着々と築きます。秀吉の老衰、朝鮮出兵による豊臣恩顧の家臣団の分裂などで弱体化する豊臣政権下で、ぶっちぎりのチカラを蓄え、ついに、豊臣政権を崩壊に追い込み、徳川300年の基礎を築きました。

まさに、現代では、M&A担当部門者が、買った企業の経営者として、親会社を凌ぐ優良企業を創り上げるという、サクセスストーリーですね。

明智光秀のような視野の狭い発想で、自滅をするか、徳川家康のように、忍耐と辛苦を覚悟して、新天地を開拓し、圧倒的な力をそこで構築するか、という選択肢が、PMIではないでしょうか。

こう考えてみると、M&Aの担当部門というのは、単なる会社の花形というだけでなく、まさに、サラリーマン社会の中における、大きなチャンスに恵まれたポジションなのではないでしょうか。

勿論、僕のように、独立した後に自分の企業で、M&Aアドバイザリーの事業を始めるという、腕を磨ける部署でもあります。

続く

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本稿の著者

松本 尚典
URVグローバルグループ 最高経営責任者 兼 CEO
株式会社URVプランニングサポーターズ代表取締役 兼 エグゼクティブコンサルタント

松本 尚典

  • 米国公認会計士
  • 一般財団法人M&Aアドバイザー協会認定M&Aアドバイザー

日本の大手銀行から、ニューヨーク ウオール街での金融系コンサルタント業務を経験した後、日本に帰国し、国内の大手企業数社の役員の歴任。この間、M&A大国アメリカで、数多くのクロスボーダーM&Aや、TOB案件を纏めあげ、そしてまた、日本でも多くのM&A案件を投資企業側の責任者として纏めた、豊富なM&A実務経験を有する。
2015年にURVグローバルグループのホールディングス会社で、経営支援事業を本業とする、株式会社URVプランニングサポーターズ(松本尚典が100%株主、代表取締役)を設立。多くの中小企業の経営者の経営顧問や監査役として、中小企業の成長戦略に関わる。
こうした業務の中で、投資企業側の事情と、投資を受ける中小企業側の事情の双方に精通する知識と経験を活かし、成長企業への投資案件に特化した、成長企業M&A事業に進出する。

成長企業M&Aサービスのご紹介

強い成長を目指す企業(成長企業)と、投資によってスピードある新規事業の参入を目指す企業(投資企業)の、資本提携をM&Aの手法で実現する成長企業M&A

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成長企業M&Aとは、成長期にあるベンチャー企業や中小企業と投資企業を仲介し、飛躍的成長を遂げるために、M&Aという手法で資本提携関係を結ぶ手法です。

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「M&Aを正しく活用する時代」過去の記事はこちら

第1講 世界のM&Aを知ろう

第2講 今、うちの会社はいくらなの?~企業のバリュエーション~

第3講 株主が複数いる企業が行う、M&Aへの対策 ~スクイズアウト~

第4講 M&A買い側企業担当者の心得

第5講 株式譲渡と事業譲渡、その戦略的な活用法

第6講 会社の資金がショートしてから、慌てて調達に動くと大変なことになる!

第7講 M&Aでは、何故PL上の利益よりも、EBITDAを重視するのか?

第8講 黒字が出ている会社のオーナー社長が、M&Aで金持ちになるのは何故か? ~本当の金持ちになるヒトは、所得税の構造に潜む、カラクリを利用している~

第9講 M&Aの世界は、なぜあらゆるところが秘密のベールに包まれているのか?

第10講 事業譲渡をする会社はここに気を付けよう ~そのメリットとデメリット~

第11講 M&Aを考えるすべてのヒトが知らなければならない天王山 デューデリジェンス

第12講 M&Aで会社を売る場合、セカンドオピニオンを求めよう

第13講 M&Aの仲介 専任と非専任 どっちが有利?

第14講 中国企業や中国資本のM&Aや投資を恐れず、活用しよう

第15講 事業承継や資金調達で、M&Aを使う場合は、政府の登録機関に相談しよう

第16講 日本で増加してきた「同意なき買収」 米国に近づいてきたM&Aの今を概観する

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