第11講 M&Aを考えるすべてのヒトが知らなければならない天王山 デューデリジェンス
M&Aを正しく活用する時代
第11講 M&Aを考えるすべてのヒトが知らなければならない天王山 デューデリジェンス
目次
ある売り側企業の社長のつぶやき
ある時、飲食事業を次々に業態を変更して経営する若い経営者の方が、次のようなせりふを言っておられたことを耳にしました。
「M&Aの買い側の企業は、話をはじめるときから、もう代表者が買うことを決めて話を進めていますよね。」
この方のせりふを、普通のM&Aの世界で活躍している買い側企業の企画担当者の方や、M&Aの仲介・アドバイザリーのプロが聞いたら、腰を抜かすほど非常識な、驚きのせりふなのですが、僕はこの経営者の方のせりふも、あながち間違ってはいないのではないと、その時感じたわけです。
この方は、飲食業界の経営者で、何度か自分の店を売り抜けた経験を持っておられました。
おそらく、その時に買った買い方企業の社長は、はじめからその店舗を買うつもりで、交渉を進めたのだと思います。
ただ、このような売買を、M&Aと一括して呼ぶことは間違っています。このようなレベルの売買は、M&Aではありません。
アメリカでは、店舗や小規模の企業の売買を、M&Aとは呼びません。また、このような小規模の案件の売買を扱うのは、M&Aのアドバイザリー企業ではなく、ビジネスブローカーと呼ばれる企業なのです。
日本では、このような小規模なM&AをマイクロM&Aと呼んで、M&Aの一種と考えていますが、アメリカでは、これはM&Aとは別の簡易な手続きで売買を進めるため、M&Aとは呼ばないのです。
先の経営者の方は、おそらく日本でいうマイクロM&Aを行ったのでしょう。
おそらく、売買価格も、店舗の居抜き物件の引き受けレベルだったのでしょうが、若い方なので、それを「自分はM&Aでビジネスを売った」と仲間内で表現されて、自慢話の一つにされているのではないかと思います。
このようなマイクロM&Aは別として、株式の譲渡金額が数千万円になる普通のM&Aでは、買い側と売り側は、段取りをふんだ交渉を行い、売買に向けた意志を固めながら、相手の意思を確認しあって、進めていきます。
この中で、買い側が投資を最終決定する前提として不可欠なのが、デューデリジェンスです。
基本合意契約後、デューデリジェンスで、売り方と買い方のチカラ関係が逆転する
いま、M&Aの世界では、
「買い側企業は、売り側企業の8倍いる」
と、言われています。
売り側企業は、株式を売却して、事業承継や成長投資資金調達に利用するという企業です。
一方、買い側企業は、企業に投資し、自社グループの事業をスピードをあげて構築したい企業です。
おカネを調達する側の8倍、おカネを出したい企業がいる、というのがM&Aの世界の実業です。
このようなことから、M&Aの仲介やアドバイザリーを業とする企業は、とにかく、売り側企業を探したいと考えて活動しています。
買い側企業からアプローチされても、あまり積極的に会いに行こうとしませんが、売り側になる企業は、専任契約で囲い込もうと必死です。
その結果、いま、M&A市場には、「安易な売り側企業」が溢れています。
本来、M&Aで事業承継を行ったり、成長資金を調達するということは、極めて戦略的な行動であり、経営者が綿密な計画のもとに実行に移すべきものです。
しかし、M&Aの仲介やアドバイザリーが積極的にプッシュ営業を行って、売り側企業を掘り出しているため、非常に場当たり的な売り側企業が、市場に出回っています。
一方、買い側企業も案件が少ないため、このような売り側企業も、買収や投資の対象として検討します。
しかし、買い側企業も、M&Aは多額の投資を伴う重要な決定であり、先にあげたマイクロM&Aで、「流行りの真似事」をしているような、「なんちゃって買い側企業」は別として、数千万円以上の投資を行う、「ホンモノの買い側」は、当然場当たり的な売りには、最終的には手を出しません。
M&Aの手続きは、最初は売り側優位で話が進み始めます。しかし、最終的には、おカネを投資する買い側が優位の話に切り替わります。
この優位の逆転が起きる時点が、基本合意契約締結時です。
M&Aでは、買い側と売り側がネームクリアーを相互に行い、トップが面談を行った上、売り側から買い側に対して、投資判断を行うための書類が提出されます。そこで、買い側が投資に前向きとなり、売り側も、投資を受けてもよいと判断すると、基本合意契約が締結されます。
ここまでは、売り側が優位の状態で、売り側は、数社の買い側を天秤にかけて、交渉を進めることができます。投資をする買い側のプロは、ここまでは絶対に、「上から目線」を売り側にとりません。
よく、M&Aを知らない経営者や、M&Aの経験を積んでいない担当者が、買い側企業にいると、「カネを出してやるんだ」という「上から目線」の態度で、最初から売り側に大きな態度をとったり、要求をしたりします。
しかし、基本合意契約締結までは、売り側は、いくらでも他社を投資を受ける対象として検討することができます。そのため、売り側を、早い段階で「こんな相手からカネを出してもらいたくない」という気持ちにさせてしまうと、M&Aは成功しません。
一方、基本合意契約の中には、売り側の投資検討を、契約の相手側の買い側に絞る条項が必ず入ります。そして、そのあとで進むのが、デューデリジェンスです。
デュ-デリジェンスでは、買い側は相当なデューデリ費用をかけて、多面的にその投資に対するリスクを検討します。
つまり、売り側をこの時点で裸にし、売り側から提案された書類に虚偽の内容が含まれていないか、隠れたリスクないかを、徹底的に洗い出すのが、デューデリジェンスです。
M&Aに慣れていない買い側は、このデューデリジェンスを依頼する専門家を知らなかったりして、自分の会社の顧問税理士や弁護士に安い費用で、デューデリジェンスを依頼したり、最悪の場合は、デューデリジェンスを行わなかったりします。
この場合、最終譲渡契約に入っている免責条項が適用され、投資後に顕在化したリスクを、法的に売り側や仲介業者に問えなくなります。
デューデリジェンスの概要
では、ここから、デューデリジェンスはどのように行うのか、その内容をみてみましょう。
デューデリジェンスは、以下のような内容で構成されています。
- 財務デューデリジェンス
- 法務デューデリジェンス
- 労務デューデリジェンス
- ビジネスデューデリジェンス
- 税務デューデリジェンス
- 環境デューデリジェンス
- ITディーデリジェンス
ただ、このすべてを行うような大規模なデューデリジェンスは、かなり規模の大きなM&Aです。
中小企業を対象とするデューデリジェンスは、財務デューデリジェンス・法務デューデリジェンス・ビジネスデューデリジェンスの3分が中心です。
但し、僕は、自分のクライアントの買い方企業には、法務デューデリジェンスと独立させて、労務デューデリジェンスを実施することをお勧めしています。労務分野は、買収後、非常に大きな隠れたリスクが顕在化することが多く、法務デューデリジェンスを行う大手法律事務所でなく、M&Aに精通した社労士に独立した分野としてデューデリジェンスをかけさせたほうが、経験上、よいと思っているからです。
以下、それぞれの分野について、少し詳しくみていきましょう。
デューデリジェンスの内容
財務デューデリジェンス
財務は、デューデリジェンスのハイライトです。
売り側の財務諸表が適正に作成されているかを帳簿の調査から確認し、株価算定の基礎となる情報が適正かを調査します。税務調査は、税の徴収の観点から財務を調査しますが、財務デューデリジュエンスは、株価算定の基礎となっている情報を調べ、投資金額が適切かの観点から行われます。
法務デューデリジェンス
売り側が締結している契約を中心に、M&A締結後に顕在化する問題がないかどうかを洗い出す調査を行います。加えて、会社法上の株式発行や、機関の決定(株主総会や取締役会の決議)が、会社法に従って適切に行われており、合法的な経営が行われてきたかの確認も含みます。
そして、この法務デューリジェンスの中で、経営者であるオーナー社長が驚愕するような不法行為の事実が浮き上がることも珍しくありません。
その代表的な例が、従業員により横領の事実の発覚です。
財務デューデリジェンスの中で、現金や在庫管理に不自然なところが発覚し、それを掘っているうちに、どうもそれが、内部の犯罪行為の結果ではないかと疑念が浮かび上がり、法務デューデリジェンスの中で、弁護士が調べていくうちに、従業員による横領行為という不法行為が、この時点で発覚し、刑事事件に発展するということもあります。
M&Aは、手続きが進んでいくうちに、大きなドラマが待っていることも珍しくありません。
労務デューデリジェンス
労務デューデリジェンスは、法務デューデリジェンスに含められることが多いのですが、先に書いたように、僕は、買い側企業様のアドバイザリーについた場合、法務とは独立して、労務の専門家に、労務デューデリジェンスを独立して依頼することをお勧めしています。
といいますのは、中小企業で、労務面に全く問題がない企業をみたことがないくらい、労務面には中小企業は、大きなリスクを抱えているからです。
オーナーのワンマン経営の中で、抑えつけられてきた労務面のリスクが、大企業が買ったとたんに、顕在化することは、非常に多いのです。
労務デューデリジェンスは、労働時間や未払残業代の発生が隠されていないか、という労働問題の確認を行うとともに、職場環境を確認し、従業員のメンタルの状態が保たれているかを確認します。
買収後、貴重な資源になる従業員の中に、メンタルの問題を抱えている人が多いと、大きなリスクとなります。
ビジネスデューデリジェンス
他のデューデリジェンスが、専門家による調査であるのに対して、ビジネスデューデリジェンスは、社内の役員陣と買収後に買収先に投入される経営陣候補者で構成するチームで実施します。
ビジネスフローや、取引先や顧客先を調査し、過去の事業計画が適切に実行に移されていたか、そして、今後の事業系計画が実現可能なのか、経営資源に実態はあるのか、という項目を調査します。
よく、「ビジネスデューデリを行える人材が社内にいない」ということを、言われる企業がありますが、非常に厳しい言い方をすれば、役員陣が、買収先のビジネスデューデリを行う能力がないという場合、M&Aによる買収は、成功しないと思ったほうがよいでしょう。
M&Aは、買うことが目的なのではなく、買った後に、買収金額で評価した企業価値を上回るバリュエーションを生み出すことで、はじめて成功するものです。
その目算が立たない案件に関して、投資をするのは、最初から失敗するM&Aへの無駄な消費だと僕は思います。
逆をかえせば、社内の人材で買収先のビジネスモデルのリスクを洗い出せない企業を、多額な投資で買収することは、やめたほうがよいと僕は思っています。
税務デューデリジェンス
財務デューデリジェンスの延長として、税務申告に、将来、追徴課税がなされるリスクがないかどうかに関する調査が、税務デューデリジェンスです。
法人税務に長けた税理士によって、調査を進めるのが適切です。
環境デューデリジェンス
メーカーの買収の場合、工場などの施設で、環境に対する悪影響が及ぼされていないか、環境に対する配慮がどれだけなされているか、に対する調査です。
近年、非常に重要な調査項目になり、特に上場企業が、メーカーを買収する場合、不可欠な調査項目となってきています。
ITデューデリジェンス
売り手企業のITシステムの問題点やDXの程度、そして、買収後、自社グループに業務を組み入れる場合のIT上のリスクなどを調査します。
デューデリジェンスで収集した情報を踏まえ、再価格交渉が始まる
以上のデューデリジェンスは、基本合意契約前に提示されて資料に基づいて算出された買収企業の企業価値が保たれているかを確認する作業でもあります。
各専門家や、社内のチームが抽出したリスクを踏まえ、
- そのM&Aに投資価値があるか
- 価格は企業価値に適しているか
- 自社が買収をした後で、自社のチカラやシナジー効果で、算出された現在価値(DCF)を上回る将来の企業価値を生み出すことができるか
以上の点を予測し、買収の可否を決定し、最終合意に進むかを検討することになります。
最初に掲げたように、M&Aに精通した買い方企業は、最初から買うことを決めて話を進めているどころか、最終合意契約が締結され、入金が実行されるまで、成立するかどうかが全くわからない、非常に不安定な交渉なのです。
その最大の山場が、デューデリジェンスという手続きなのです。
続く
成長企業M&Aサービスのご紹介
強い成長を目指す企業(成長企業)と、投資によってスピードある新規事業の参入を目指す企業(投資企業)の、資本提携をM&Aの手法で実現する成長企業M&A
成長企業M&Aとは、成長期にあるベンチャー企業や中小企業と投資企業を仲介し、飛躍的成長を遂げるために、M&Aという手法で資本提携関係を結ぶ手法です。
URVプランニングサポーターズが提供する「成長企業M&A」で、企業の成長力・資金力を飛躍的にアップし、事業成長の壁を打ち破ります。
本稿の著者
株式会社URVプランニングサポーターズ代表取締役 兼 エグゼクティブコンサルタント
松本 尚典
- 米国公認会計士
- 一般財団法人M&Aアドバイザー協会認定M&Aアドバイザー
日本の大手銀行から、ニューヨーク ウオール街での金融系コンサルタント業務を経験した後、日本に帰国し、国内の大手企業数社の役員の歴任。この間、M&A大国アメリカで、数多くのクロスボーダーM&Aや、TOB案件を纏めあげ、そしてまた、日本でも多くのM&A案件を投資企業側の責任者として纏めた、豊富なM&A実務経験を有する。
2015年にURVグローバルグループのホールディングス会社で、経営支援事業を本業とする、株式会社URVプランニングサポーターズ(松本尚典が100%株主、代表取締役)を設立。多くの中小企業の経営者の経営顧問や監査役として、中小企業の成長戦略に関わる。
こうした業務の中で、投資企業側の事情と、投資を受ける中小企業側の事情の双方に精通する知識と経験を活かし、成長企業への投資案件に特化した、成長企業M&A事業に進出する。