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M&Aの現場から

M&Aの現場からVol.1
■買収側:O社 売却側:D社の事例
M&Aか、あるいは事業承継か? ~M&Aにおけるトップ面談の重要性~

Vol.1のお話は、2015年に、僕が、事業承継型M&Aの買収側企業O社のアドバイザリー業務を担当させていただいた案件の話です。

結論から言いますと、この案件は、O社がD社の買収の結論に至らなかった案件です。

しかし、僕は、この時、M&Aでは買収側のアドバイザリーで行動しました。結局、M&A自体は相手方から断られてしまい、M&Aを成立させられずに、1円の成功報酬もえることができませんでした。しかし、その後、株式会社URVプランニングサポーターズで、相手方であった売却側企業D社を事業承継した新社長から思わぬご相談をいただき、経営顧問として、経営コンサルティングを長年務めて、新社長の事業承継後の経営を支えるというご縁をいただきました。

そのため、D社の経営陣が、何故、O社とのM&Aから撤退したかを、よく知ることになった案件です。

弁護士さんの仕事では、原告側の代理人として訴えた、その被告側の会社から、訴訟後に、顧問弁護士を依頼されるという話がよくあります。

自分についた弁護士より、敵の弁護士のほうが優秀だと思うと、優秀な企業の経営者は、敵についた弁護士を、事件解決後に味方にしてしまうわけです。これと同様に、僕は、交渉相手であった売り側企業から、M&A案件を進めることを断られてしまいましたが、その後、その交渉相手側から、腕を見込まれて、「ウチの経営コンサルタントをお願いしたい」と依頼されたわけです。

そういう意味で、思い出深い案件になりました。

僕が、アドバイザリー業務についた経緯

まず、M&Aの世界では、買収側と、売却側に間に、業者が介在することが普通です。M&Aは、極めて専門的な業務の固まりであり、M&Aは「経営・法務・財務会計・税務の総合業務」といわれるほど、広い素養が必要な仕事です。

単に、売りと買いをくっつけて、マッチングをするような、そんな生易しいものではありません。

当事者間の双方に、その専門的な業務を進めるプロが社員としている場合には別ですが、そのような環境に、特に売り側企業があることは、まずありません。そのため、両社を仲介する業者(仲介業者)が1社入るケースか、双方がそれぞれ窓口になる業者(アドバイザリー業者)が2社入って相対交渉するか、のどちらかとなるのが普通です。

本件においては、売却側D社には、大手上場のM&A企業が専属契約の形でついておりました。

一方、買収側企業O社は、この大手M&A会社に仲介で、双方の交渉を任せることを避けたいという意向があり、そこで、僕が、買収側O社から委託を受けて、この買収側O社のアドバイザリーについた形です。

売却側D社の状況

D社は、飲食事業の、特定分野に関するコンサルティング業として、創業者(以下、会長と称します)が構築した企業です。

コンサルティング業というのは、M&Aでは、非常に売りにくい業態です。特に、社長にノウハウが集約され、そのノウハウを受け継ぐコンサルタントの社員が、あまり育っていない企業の場合、組織的には会社形態をとっていても、実質的には、個人事業であり、社長が抜けてしまうと、その企業価値はほとんどないため、M&Aでは、売り側の依頼を引き受けてはならない業態というのがM&A業界の常識です。

しかし、D社の場合、創業者の御子息をはじめとする数名の社員が、創業者の構築したノウハウを受け継いで、コンサルティング業を進められる状態になっており、更に、飲食コンサルティング事業に加えて、店舗の設計施工の事業部が独立していました。

いわば、飲食業専門のコンサルティング業と、飲食業専門の店舗建築設計事務所の、双方の機能を持った会社でした。

社員も、その双方の部門あわせて10名程度おられました。財務状況も、まずまずで、借入金もほとんどありません。売上高は、3億円程度で、毎年、利益も出しており、利益剰余金も積みあがっています。

それで、大手上場のM&A企業も、売り側D社のアドバイリ-をお引き受けになったのだと思います。

一方、買収側O社のアドバイザリーとして、売り企業の分析に入った僕は、むしろ、
「何故、こんないい会社の社長が、売らなければならないのだろう?お子さんに承継させればよいのに。」
と、まず初めに、疑問に思ったわけです。

実際、大手M&Aアドバイザリー会社は、セミナー形態などで広告を行い、本来、M&Aで売るべきではない企業も、無理やり、M&Aの案件対象にしてしまっていることがあります。このO社も、おそらくは、そのような形で、大手M&A企業のターゲットになったのだと、僕は推測しました。

買収側O社のニーズ

一方、僕がアドバイザリーについた買収側O社は、建設会社でした。

既に、特定の部門で、一定の業績を構築しており、売上高は10億円を突破して、成長に勢いがついている企業でした。

M&Aの買い側のプレーヤーとしては、小型の企業ではありますが、親会社が、非常に資金力のある企業でしたので、投資用の資金は潤沢に調達ができるという環境にありました。

その資金で、数億円程度のM&Aをしかけ、成長スピードをアップしたいと、社長が考えている会社でした。

規模的にも、O社の買収対象として、3億円程度の売上のD社は、ちょうどよいと、僕は判断しました。

更に、O社は、兄弟会社に飲食業を顧客にする会社があり、グループとして、飲食業界に、広いビジネスネットワークを持つというシナジーがありました。

従って、O社の傘下に、D社をおけば、D社のコンサルティング能力と店舗設計施工能力で、O社のグループの持つビジネスネットワークに、強い提案力を獲得できます。

この点に、僕は目をつけ、D社のアドバイザリーについた企業とO社側で秘密保持契約(NDA)を締結し、D社の情報の開示をうけ、これを、O社の代表に提案をしたというわけです。

トップ面談

M&Aでは、売却側の情報が開示され、買収側がそれをベースに、協議を進める場合、早い段階で、トップ面談を実施します。

このトップ面談というのは、実は、中小企業同志のM&Aにおいては、非常に重要な意味を持っています。

売却側の企業の経営者は、その会社を長年にわたって育ててきた社長です。そして、買収側企業に、自分についてきてくれた従業員を、託さなければなりません。

ですから、株をお金で買い取ってくれる、豊かな会社ならどこでもよい、ということには、売却側の社長は、絶対になりません。

一方、買収側の社長にとっても、その買収に、相当な資金を投入することになります。従って、その買収を絶対に成功させなければなりません。

会社の良し悪しというのは、財務諸表さえみれば判断できるような、そんな甘いものではありません。その買収を成功させられるか、の、重要な判断要素になる事項の一つは、売る会社の社長が、どのような理念や考えのもとに、その会社を成長させてきたかを、直接、買い側の社長が、売り側の社長からお聴き取りになる情報です。

その意味で、トップ面談というのは、担当レベルではなく、売却側と買収側のトップが直接会って、話をし、そのフィーリングで、その後、M&Aを進めるか、辞めるかを判断する、極めて重要な行事なのです。

さて、売却側のアドバイザリー会社と、買収側のアドバイザリーの僕は、このトップ面談への設定に動き出しました。

買収側O社の社長が、トップ面談に出てこない!

M&Aの現場からVol.1 ■買収側:O社 売却側:D社の事例 M&Aか、あるいは事業承継か? ~M&Aにおけるトップ面談の重要性~

その過程で、僕側、つまり、買収側O社に、重大な問題が発生してしまいました。

なんと、買収側O社の代表取締役が、直前になって、トップ面談に出ない、と言い出したのです。自分のかわりに、事業部長クラスの社員を出す、と言い張ってきかないと、O社のM&Aの担当者は、困ったように、僕に連絡をしてきました。

これは、非常にまずいことです。

トップ面談は、売却側と買収側のトップが、顏をあわせ、そのお互いの本気度や考え方を確認し、この相手であれば、M&Aの協議を進めてもよいとの共通認識を共有することが目的です。

M&Aや資本提携には、その過程で、多くの障壁が立ちはだかることが普通です。すんなりと、交渉が成立するなどという、甘いものではありません。

その時、原点に立ち返り、トップ同士が、最初に確かめ合った意識の共有時点に立ち戻って、M&Aの話を推進させるという強い意思を持たなければ、成立はしないのです。

その意味で、トップ同士が最初に顔をあわせることが必須です。

特に、買収側のトップがトップ面談に出てこないで、事業部長クラスが出てくる場合、売却側は、買収側に「買ってやるんだ」という傲慢な態度や、本気度の欠如を感じてしまいます。

僕は、O社の担当者に、それを力説し、代表にトップ面談に是非ともご出席いただくように、お願いしました。

ところが、往々にして、よくあることなのですが、このO社の担当者は、かなりの「イエスマン」でした。結局、O社の担当者は、僕の話を社長にきちんと伝えることすらできず、トップ面談では、部長クラスが出てくることになりました。

買収側O社のM&A担当者は、生え抜きではなく、会計などに詳しい人物が途中入社して、担当していることがよくあります。会計などには詳しいのですが、実際には、買収側のトップからの信頼が薄く、社歴も薄いため、オーナー系会社の「イエスマン」に徹するタイプの方が、時々、いらっしゃいます。

O社の代表者は、M&Aの経験がなく、自分が最初からトップ面談で、売却側に同席をすると、最終的に、買収金額面で強いことが言えなくなるから出ないほうがよいと判断をしたようです。

しかし、結論的には、このトップ面談で、O社の社長が出てこなかったことが、この案件が、最後に売却側D社から断られてしまう発端になってしまいました。

M&Aのトップ面談には、どんなに大企業でも、必ずトップが出ること。

これが、必須だと思ってください。

デューデリジェンス後の交渉

トップ面談の後、O社は、このトップ面談に出席した部長が窓口に立ちました。

ところが、この部長は、営業部門の叩き上げの方で、M&Aの経験が全くなく、アドバイザリーに立った僕にも、買収金額をいかにディスカウントするか、という観点だけで、モノを言ってくるようなタイプの方でした。

基本合意契約を締結し、その後の、デューデリジェンスでも、D社が当初開示した情報に、誤った点などはないにも関わらず、この部長は、投資側のアドバイザリーである僕からみても、単なる買収価格のディスカウントの要求をしているとしか思えない、いいがかりのような主張を、D社に行いました。

「これは、まずいな。この案件は、壊れるな。」
と僕は、途中からそういう予感がしはじめました。

このような場合、僕の立場であれば、O社の代表に交渉し、交渉の窓口の社員を変更してもらうのが、最適な方法なのですが、このO社の場合、代表取締役はまったくM&Aの現場に立ち会わず、M&Aの担当者は代表のイエスマンで、しかも、担当部長は、単なるディスカウントしてO社を買うことにしか興味を持っていない、という状態でした。

M&Aを成立させることを無理に進めようとすれば、僕もO社側のこのような経験や見識不足を補うべきなのですが、先に書いたように、どうも、僕は、売却側D社は、M&Aで、O社のような企業に売るよりも、事業を親族で承継し、経営を続けたほうがよいのではないかと感じていましたから、無理に、O社を補いませんでした。

時々、このO社のよう、M&Aを「カネを出して買ってやる方が偉いものだ」という、誤った理解してしまっている買収側企業があるのですが、M&Aというのは、売却側の社長が育ててきた売却企業に敬意をはらい、その後、売却側会社の社員の力を発揮させて、グループとして成功を引き出す方法なのであって、売却側企業の社長に、安く企業を売らせるために足元をみたり、売却側企業の社員に強権的な姿勢を見せたりすることでは、絶対に成功できないのです。

結局、僕の悪い予感が的中し、D社の代表は、最終的な段階で、O社への株式譲渡を取りやめる決断をされました。

そして、D社は、M&Aそれ自体を辞め、D社の社長は、ご親族への事業譲渡を決断され、自社が契約していたM&Aのアドバイザリー会社との契約を解除されました。

僕が、O社の新社長の経営顧問へ就任

その後、しばらくして、年始の年賀状をお送りした弊社に、D社の新社長からご連絡をいただいたことをきっかけで、僕は、M&Aアドバイザリー業務ではなく、経営コンサルティング業務で、D社を事業承継された新社長と、取締役の新体制を支える経営顧問として、D社と契約をさせていただくことになりました。

そして、その後、D社の元社長や、新社長から、何故、O社とのM&Aを取りやめたのかの本心をお伺いすることができました。

いくつかの理由があったようですが、やはり、その最大の理由は、D社の代表がトップ面談の現場に同席されず、続いて、窓口に立った部長が、無神経なディスカウント交渉をしたことが大きな原因でした。

「当社の株を、不当に高く売ろうと思ったわけではありません。

ただ、代表の方が、トップ面談に現れず、一度も交渉の席に顔を出さず、窓口に立った部長が、こちらの足元を見るような交渉をされました。

そんな不誠実な会社に、これまで頑張ってくれた社員たちの人生を、預けるわけにはいかないと、思うに至ったのです。」

新社長は、その後も、D社の事業に尽力され、D社は、堅実に、2代目社長のもとで、成長をされておられます。

買収側企業の経営者や、担当者は、このような売却側企業の経営者の心理を、もう少し、勉強すべきだと、僕は、つくづくこの案件で感じました。

続く

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本稿の著者

松本 尚典
URVグローバルグループ 最高経営責任者 兼 CEO
株式会社URVプランニングサポーターズ代表取締役 兼 エグゼクティブコンサルタント

松本 尚典

  • 米国公認会計士
  • 一般財団法人M&Aアドバイザー協会認定M&Aアドバイザー

日本の大手銀行から、ニューヨーク ウオール街での金融系コンサルタント業務を経験した後、日本に帰国し、国内の大手企業数社の役員の歴任。この間、M&A大国アメリカで、数多くのクロスボーダーM&Aや、TOB案件を纏めあげ、そしてまた、日本でも多くのM&A案件を投資企業側の責任者として纏めた、豊富なM&A実務経験を有する。
2015年にURVグローバルグループのホールディングス会社で、経営支援事業を本業とする、株式会社URVプランニングサポーターズ(松本尚典が100%株主、代表取締役)を設立。多くの中小企業の経営者の経営顧問や監査役として、中小企業の成長戦略に関わる。
こうした業務の中で、投資企業側の事情と、投資を受ける中小企業側の事情の双方に精通する知識と経験を活かし、成長企業への投資案件に特化した、成長企業M&A事業に進出する。

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