第13講 M&Aの仲介 専任と非専任 どちらが有利なのか?
M&Aの仲介契約は
専任と非専任のどちらが有利なのか
会社を売却するためにM&A仲介会社やFAへ相談すると、最初に問題になるのが「専任で依頼するのか、非専任で依頼するのか」という契約形態です。
窓口を広げれば買い手が増えるように見えます。 しかし、M&Aでは情報管理を誤ると、案件が「出回り案件」化し、企業価値を下げる危険があります。
M&Aの専任契約と非専任契約は、単なる営業窓口の数の問題ではありません。 秘密保持、買い手候補への情報開示、仲介者・FAの責任範囲、手数料、利益相反、交渉力に直結する重要な論点です。
一般的な中小企業M&Aでは、信頼できる専門家に専任で依頼し、情報管理と買い手選定を慎重に進める方が適している場合が多くなります。 ただし、例外的にコンペ形式が適する優良案件もあります。
1. M&Aの仲介を依頼する場合の契約形態
M&Aで自社を売却しようとする場合、M&A仲介会社またはFAと契約を締結し、買い手候補の探索、企業概要書の作成、ノンネーム情報の提示、トップ面談、基本合意、デューデリジェンス、最終契約へと進めていきます。
このとき、売り手企業が選ぶ契約形態には、大きく分けて「専任契約」と「非専任契約」があります。
特定のM&A仲介会社またはFAを窓口として、買い手候補の探索・交渉支援を依頼する形態です。
複数のM&A仲介会社やFAに並行して依頼し、買い手候補を探す形態です。
仲介は売り手・買い手の間に立つ形が多く、FAは原則として一方当事者の利益を代理する支援形態です。
買い手企業がM&A案件を探索する場合には、経営企画部門、投資部門、外部FA、金融機関などを通じて複数案件を検討することが多く、売り手のように「専任か非専任か」が直接問題になるケースは多くありません。
したがって本稿では、主に売り手企業、すなわち自社の譲渡や資本提携を検討する中小企業経営者の立場から、専任契約と非専任契約のどちらが適切かを考えます。
2. 不動産仲介の媒介契約と比較する
専任と非専任という考え方は、不動産仲介にも存在します。 不動産売買では、宅地建物取引業法に基づき、専属専任媒介契約、専任媒介契約、一般媒介契約という契約類型があります。
M&Aには宅地建物取引業法のような媒介契約の法定類型はありませんが、実務上は、不動産でいう専任媒介に近いものがM&Aの専任契約、一般媒介に近いものが非専任契約と考えると理解しやすいでしょう。
不動産では、専任でも情報流通が確保されやすい
不動産売却では、専任媒介であっても、指定流通機構や不動産業者間のネットワークを通じて、物件情報が広く流通します。 そのため、専任だからといって、買い手探索の窓口が極端に狭くなるとは限りません。
また、専任媒介の場合、受任した不動産業者は、自社が責任を持って売却活動を進める必要があります。 そのため、一般媒介よりも積極的に販売活動を行うことがあります。
M&Aでは、不動産以上に秘密保持が重要になる
しかし、M&Aを不動産とまったく同じように考えてはいけません。 不動産は、物件が売りに出ていることが一定程度公開されても、通常は物件価値そのものが直ちに毀損するわけではありません。
一方、M&Aでは、会社が売却を検討しているという情報そのものが極めて機微な情報です。 従業員、取引先、金融機関、競合他社に情報が漏れれば、離職、取引条件の悪化、信用不安、企業価値の低下につながる可能性があります。
3. 非専任に潜む落とし穴 ― 「出回り案件」化とは?
非専任契約では、複数の仲介会社が買い手候補に情報を持ち込むため、一見すると買い手候補が増えるように見えます。 しかし、M&Aでは、この状態がかえって大きなリスクになることがあります。
M&A業界では、複数の仲介会社から同じ案件情報が市場に広く流れ、買い手側に何度も持ち込まれている案件を、俗に「出回り案件」と呼びます。
- 同じ売り案件が、複数の仲介会社から買い手候補に届く
- 買い手側から「売り急いでいる会社」と見られやすくなる
- 情報管理が甘い案件として、優良な買い手が敬遠する
- ノンネーム情報から会社が特定されるリスクが高まる
- 価格交渉で買い叩かれやすくなる
- 従業員・取引先・金融機関への情報漏洩リスクが高まる
優良な買い手企業ほど、情報管理が甘い案件を警戒します。 なぜなら、M&A情報が不用意に市場へ出回っている会社は、売り手側の統制が効いていない、または支援者の管理が不十分である可能性があるからです。
また、複数の仲介会社が同じ買い手に同じ案件を持ち込むと、「どの仲介会社を通じて交渉すべきか」という混乱も生じます。 その結果、買い手側の検討が止まったり、仲介者同士の調整に時間を取られたりすることがあります。
M&Aでは、買い手候補を増やすことよりも、信頼できる買い手に、正しい順序で、正しい情報を開示することが重要です。
4. 自社の目的に応じて、有利な形態を選ぶ
それでは、M&Aでは常に専任契約が正しいのでしょうか。 答えは、必ずしもそうではありません。 会社の状況、売却目的、企業価値、情報開示の耐性、買い手候補の数によって、適切な契約形態は変わります。
非専任やコンペ形式が機能する場合
非専任またはコンペ形式が機能しやすいのは、買い手から見て非常に魅力が高く、情報開示リスクを管理しながら複数の買い手に競わせることができる案件です。
- 財務内容が良好で、純資産や収益力が明確である
- 知的財産、ブランド、土地建物、ストック収益などの強い資産がある
- コンプライアンス・労務・税務・許認可に大きな問題がない
- 複数の買い手が明確に関心を持つ事業である
- 情報開示を段階的に管理できる体制がある
- 売り手側に、専門家を使いながら交渉を統制できる力がある
このような案件では、複数の買い手候補を競わせることで、価格や条件が改善する場合があります。 ただし、この場合でも、情報管理、候補先管理、NDA、プロセスレター、入札条件、独占交渉権の付与などを厳格に設計する必要があります。
一般的な中小企業M&Aでは、専任契約が適する場合が多い
一方、一般的な中小企業M&Aでは、財務、税務、労務、許認可、株主構成、契約書、経営者保証、属人性など、何らかの整理すべき課題を抱えていることが少なくありません。
このような案件では、単に買い手を多く集めるよりも、信頼できるM&Aアドバイザーが専任で入り、資料整備、買い手候補の選定、情報開示の順序、デューデリジェンス対応、最終契約交渉を丁寧に進める方が適しています。
財務・法務・事業の完成度が高く、複数買い手を競わせられる場合は、コンペ形式も選択肢になります。
従業員・取引先・金融機関への情報漏洩を避けたい場合は、専任で情報管理を徹底する方が安全です。
財務・労務・契約・株主構成に課題がある場合は、専任の支援者が伴走する方が成約可能性が高まります。
5. 専任契約の場合の注意点
一般的な中小企業M&Aでは、専任契約が適する場合が多いと述べました。 しかし、専任契約を結べば安心というわけではありません。 むしろ、専任契約だからこそ、契約前に慎重に確認すべき事項があります。
- 専任期間は何か月か
- 中途解約は可能か
- 着手金・中間金・月額報酬・成功報酬の有無
- 最低手数料はいくらか
- レーマン方式の基準価額は何か
- 相手方からも手数料を受け取るのか
- 候補先への情報開示は、売り手の承諾を得て行うのか
- ノンネーム情報・企業概要書の管理方法
- デューデリジェンスや最終契約への関与範囲
- 成約後のPMI支援の有無
特に注意すべきは、手数料と利益相反です。 M&A仲介会社が売り手・買い手の双方から手数料を受け取る場合、どちらの利益をどのように調整するのかを、契約前に明確に確認する必要があります。
また、レーマン方式といっても、基準価額を株式価値とするのか、企業価値とするのか、移動総資産とするのかによって、手数料額は大きく変わります。 最低手数料が設定されている場合には、譲渡価格に比べて手数料負担が過大にならないかも確認すべきです。
登録支援機関かどうかも確認する
中小企業がM&A支援者を選ぶ際には、その支援者がM&A支援機関登録制度に登録されているかも確認すべきです。 登録支援機関は、中小M&Aガイドラインの遵守を宣言しており、手数料や業務内容について一定の説明責任を負います。
ただし、登録支援機関であることは、支援の質を完全に保証するものではありません。 実務経験、担当者の能力、専門家ネットワーク、候補先探索力、情報管理力、交渉力、PMIへの関与範囲を総合的に確認することが重要です。
M&Aは、単に買い手を探す取引ではありません。 自社の価値を整理し、候補先を選定し、情報を管理し、条件を交渉し、最終契約を締結し、成約後の経営統合まで見据える経営判断です。
その意味で、専任か非専任かを選ぶ前に、まず「誰と組むのか」を見極めることが最も重要です。
M&Aの契約形態で最も重要なのは、窓口の数ではありません。
情報を守り、買い手を見極め、企業価値を損なわずに交渉を進める支援者を選ぶことです。
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