第18講 のれん償却ルール見直しへ いよいよ非償却導入か
M&Aを正しく活用する時代
第18講 のれん償却ルール見直しへ
いよいよ非償却導入か
目次
日本におけるのれん償却と国際基準の違いPMIとは何か?
「のれん」とは、M&Aにおいて買収企業が支払う取得対価と、被取得企業の時価純資産との差額を指します。
M&Aでは、被取得企業の純資産に加え、ブランド価値・顧客基盤・技術力・ノウハウなどの無形価値が評価され、買収価格に反映されます。その純資産を超過する部分が、いわゆる「のれん」です。
日本基準(J-GAAP)では、この「のれん」を資産計上し、原則として最長20年以内にわたり規則的に償却することが求められています。
一方、国際財務報告基準(IFRS)では、のれんの定期償却は行われません。買収後に事業の収益性が低下し、回収可能価額が帳簿価額を下回ったと判断された場合に、減損処理として一括損失計上を行う仕組みです。
この制度差により、日本基準では毎期償却費が計上されるため、会計上の利益が相対的に小さくなります。その結果、買収価格の算定において償却負担を織り込む必要があり、国際競争環境下で不利に働く可能性があると指摘されています。
GAFAの成長とM&A戦略
GoogleやAmazonをはじめとする米国発の巨大テクノロジー企業群(いわゆるGAFA)は、日本が「失われた30年」と呼ばれる長期停滞期にあった時期に、急速な事業拡大を遂げました。
その成長の重要な手段の一つが、「時間を買う」戦略であるM&Aです。
自社開発のみでは到達困難な市場ポジションや技術基盤を、買収によって短期間で獲得してきました。
米国企業が積極的にM&Aを活用できた背景には、米国会計基準およびIFRSにおいて、のれんの定期償却が求められていない点も一定の影響を与えていると考えられます。
のれん償却見直しの動向 ― 政府および基準設定主体の動き
今後、日本企業が国内外で持続的成長を実現していくためには、M&A戦略は欠かせません。そのため、のれんに関する会計処理の在り方が重要な論点となります。
現在、政府内および会計基準設定主体において、のれんの取扱いについて具体的な検討が進められています。以下は、本稿執筆時点(2026年1月)における動向です。
■ 政府答申の内容(2025年5月28日)
2025年5月28日の内閣府「規制改革推進に関する答申」において、「スタートアップの成長促進に向けた、のれんの会計処理の在り方の検討」が明示的に掲げられました。
同答申では、背景として以下が整理されています。
・日本基準ではのれんを規則的に償却することが、スタートアップM&Aの阻害要因となっているとの指摘
・のれん償却費を営業費用として処理する実務が、実態に必ずしも適合していないとの指摘
・内閣府・経済産業省:スタートアップ側からASBJ(企業会計基準委員会)等への提案が円滑に行われるよう支援
・金融庁:ASBJでの議論プロセスが適切に進むようフォロー
とされています。
■ 会計基準設定プロセスの動向
政府答申とほぼ同時期に、会計基準の正式ルートでも本件がテーマとして動き始めています。
(A)新規テーマとして正式提案(2025年7月)
財務会計基準機構(FASF)の企業会計基準諮問会議において、
・のれんの非償却の導入
・のれん償却費の表示区分の変更
が新規テーマとして提案され、まずはスタートアップ関係者の意見聴取をASBJに依頼する方針が示されました。
(B)ASBJによる公聴会の実施(2025年8月~継続中)
ASBJは本テーマについて、通常審議とは区分した形で公聴会(意見聴取)を継続開催しています。
現時点では、改正が決定されたわけではなく、論点整理および影響評価の段階にあるという位置付けです。
■ 現在、正式に俎上に載っている検討事項
公的にテーマとして明示されているのは、以下の2点です。
1. のれんの非償却の導入(定期償却の廃止)
2. のれん償却費の計上区分の変更(損益計算書上の表示方法の見直し)
これらが、現在の日本の会計基準設定プロセスにおいて正式に検討対象となっている事項です。
今後のプロセス ― 制度改正はどのように進むのか
これら政府および基準設定主体の動向を踏まえると、のれん償却の見直しはどのようなプロセスで進むのでしょうか。
現時点は、論点収集段階にあります。一般的な基準改正プロセスは、
論点整理 → 諮問会議での評価 → ASBJによる正式アジェンダ化判断 → 公開草案の公表 → 最終基準化
という流れをたどります。
現在は、その入口に位置していると整理できます。
FASFの説明においても、まずは意見聴取を実施し、その後、より広範な関係者からのヒアリングが必要かを検討する段階にあることが示されています。
のれん非償却が導入された場合の具体的影響
現時点では検討段階ではあるものの、日本においてのれんの非償却が導入される可能性は、今後高まっていくと考えられます。
仮にのれんの定期償却が廃止された場合、企業経営にはどのような影響が生じるのでしょうか。
財務指標への影響
1.損益計算書(PL)への影響
買収企業においては、営業利益、EBIT、経常利益が恒常的に押し上げられます。特にM&A実行直後から数年間は、利益水準への影響が顕著に現れる可能性があります。
2.貸借対照表(BS)への影響
一方、のれんが償却されない場合、減損が生じない限り帳簿価額は維持されます。その結果、総資産および純資産は相対的に高水準で推移します。
3.減損リスクという新たなボラティリティ
のれん非償却は、メリットのみではありません。
定期的な償却費がなくなる代わりに、業績悪化時には減損損失として一括計上される可能性があります。損失はイベント型で発生するため、業績のボラティリティはむしろ高まる側面があります。
毎期安定的に費用化されていたものが、将来の特別損失リスクへと転換される構造となります。これは、M&Aの成否がより明確に可視化されることを意味します。
銀行交渉への影響
特に非上場企業にとって、金融機関との関係は極めて重要です。のれん非償却が導入された場合、銀行との交渉環境はどのように変化するでしょうか。
表面上は、利益水準の改善により交渉は容易になる可能性があります。営業利益や経常利益が増加すれば、DSCRやインタレスト・カバレッジ・レシオも改善します。
しかし、金融機関は制度変更を前提に審査を行います。会計上の利益増加が、そのまま信用評価の向上につながるとは限りません。
想定される動きは大きく二つです。
① 調整後利益による審査
銀行はクレジット分析において「調整後利益」を用いる可能性があります。
形式上は非償却であっても、審査上は擬似的に償却を加味して評価するケースが増えることが想定されます。
会計基準が変更されても、与信判断のロジックが直ちに変わるとは限りません。
② コベナンツの高度化
コベナンツ(財務制限条項)にも変化が及ぶ可能性があります。
例えば、
・減損発生時の期限の利益喪失条項
・減損額をEBITDA計算上控除する特約
などが盛り込まれる可能性があります。
その結果、償却負担の軽減と引き換えに、減損発生時のリスク管理はより厳格化することが考えられます。
経営者視点での総括
のれん償却ルールの見直しには、明確なメリットとリスクが存在します。
【プラス面】
・利益指標がより分かりやすくなる
・M&A実行直後の会計上の負担が軽減される
・成長投資の意思決定がしやすくなる
【マイナス面】
・失敗M&Aの影響が一括で顕在化する
・金融機関・投資家の質的審査が厳格化する
・PMIの巧拙が業績に直結する
今後、日本におけるM&Aは、外資の参入も含めて拡大が続くと見込まれます。その中で、日本のみが現行ののれん償却制度を維持し続ける可能性は高くありません。
経営者には、制度変更の表面的なメリットにとどまらず、資本効率、減損リスク、金融機関対応まで含めた総合的なM&A戦略の再設計が求められます。
株式会社URVプランニングサポーターズ
成長企業M&A
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本稿の著者

株式会社URVプランニングサポーターズ代表取締役 兼 エグゼクティブコンサルタント
松本 尚典
- 米国公認会計士
- 一般財団法人M&Aアドバイザー協会認定M&Aアドバイザー
日本の大手銀行から、ニューヨーク ウオール街での金融系コンサルタント業務を経験した後、日本に帰国し、国内の大手企業数社の役員の歴任。この間、M&A大国アメリカで、数多くのクロスボーダーM&Aや、TOB案件を纏めあげ、そしてまた、日本でも多くのM&A案件を投資企業側の責任者として纏めた、豊富なM&A実務経験を有する。
2015年にURVグローバルグループのホールディングス会社で、経営支援事業を本業とする、株式会社URVプランニングサポーターズ(松本尚典が100%株主、代表取締役)を設立。多くの中小企業の経営者の経営顧問や監査役として、中小企業の成長戦略に関わる。
こうした業務の中で、投資企業側の事情と、投資を受ける中小企業側の事情の双方に精通する知識と経験を活かし、成長企業への投資案件に特化した、成長企業M&A事業に進出する。



