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特集「M&Aを正しく活用する時代」

第7講 M&Aでは、何故PL上の利益よりも、EBITDAを重視するのか?

M&Aを正しく活用する時代 第7講

M&Aでは、なぜPL上の利益よりも
EBITDAを重視するのか

M&Aや資本提携の交渉では、買い手企業や投資家から「EBITDAの何倍までなら買える」という言葉がよく出てきます。 一方、多くの中小企業経営者は、自社をEBITDAという指標で見たことがありません。

しかし、M&Aで会社を高く評価してもらうためには、営業利益や税引前利益だけでなく、EBITDA、正常収益力、投資回収、成長率、PMIによる企業価値向上まで理解する必要があります。

EBITDAは、M&Aの現場で企業価値を考える際に、買い手企業や投資家が重視する代表的な指標です。 PL上の利益は、税金、金利、減価償却、会計処理、節税対策、役員報酬、オーナー経費によって見え方が変わります。

そのため、M&Aでは、表面的な利益ではなく、その会社が本業からどれだけ現金収益に近い稼ぐ力を持っているのかを見極める必要があります。 その入口となるのがEBITDAです。

1. EBITDAとは何か?

M&Aアドバイザリーの現場で、投資側企業や買い手企業と協議すると、買収価格の目安として次のような言葉がよく出てきます。

買い手側の価格目線:
「EBITDAの5倍まで」
「EBITDAの10倍を上限として検討する」

一方、投資を受ける側、売り手側の中小企業経営者にとって、EBITDAという指標はなじみが薄いものです。 日々の経営では、売上、営業利益、経常利益、税引前利益、当期純利益を見ることが多く、EBITDAで自社を評価する機会は多くありません。

しかし、M&Aや資本提携を検討するのであれば、EBITDAを理解することは不可欠です。 買い手がEBITDAを基準に価格を考える以上、売り手側も自社のEBITDAを把握しておかなければ、価格交渉の土俵に立てません。

EBITDAの基本式

EBITDAは、Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization の略です。 日本語では、利払い前、税引き前、減価償却前利益と説明されます。

Interest

借入金に対する支払利息など、資金調達方法によって変わる費用です。

Taxes

法人税等です。税務上の扱いや過年度の状況によって影響を受けます。

Depreciation & Amortization

有形固定資産の減価償却費と、無形資産の償却費です。会計上の費用ですが、当期の現金支出ではありません。

実務上、EBITDAは次のように概算されます。

EBITDA = 営業利益 + 減価償却費
または、
EBITDA = 税引前利益 + 支払利息 − 受取利息 + 減価償却費

中小企業M&Aでは、営業利益に減価償却費を足し戻す簡便な見方が使われることもあります。 ただし、実際のM&Aでは、役員報酬、オーナー経費、一時的費用、関連当事者取引、節税目的の費用などを調整し、正常収益力としてのEBITDAを確認する必要があります。

重要な注意: EBITDAは万能の利益指標ではありません。 設備投資が大きい事業、運転資金が重い事業、借入依存度が高い事業では、EBITDAだけで投資判断を行うと実態を見誤ることがあります。

2. なぜ、EBITDAが税引前利益よりも重視されるのか?

M&Aや資本提携では、投資を受ける側が、買い手企業や投資家に対して、数年分の財務諸表を提出します。 しかし、買い手側は、その財務諸表をそのまま額面どおりには受け取りません。

特に中小企業では、法人税の節税、役員報酬の調整、オーナー経費、在庫評価、貸倒引当、設備投資、親族・関連会社との取引などによって、PL上の利益が経営実態をそのまま表していないことがあります。

そのため、買い手は、まず財務諸表を分析し、実態に近い正常収益力を把握しようとします。 そのうえで、資金調達方法や税務処理、会計上の減価償却の影響を取り除き、本業が生み出す収益力を確認します。

  • 役員報酬が市場水準より高すぎないか、低すぎないか
  • オーナー個人の経費が会社経費に含まれていないか
  • 一時的な売上や費用が利益を歪めていないか
  • 節税目的の費用計上が本業の稼ぐ力を隠していないか
  • 減価償却費が利益を大きく押し下げていないか
  • 設備投資や運転資金の負担が将来も続くのか

税引前利益は、会社ごとの資金調達、税務、会計処理、一時要因に影響されます。 一方、EBITDAは、これらの影響を一定程度取り除き、事業が本業でどれだけ稼いでいるかを比較しやすくする指標です。

買い手は、このEBITDAを基礎に、「この会社を買収した場合、何年で投資回収できるか」「どの程度の価格までなら合理的か」を判断します。

M&Aで見られるのは、決算書に表示された利益そのものではありません。
買い手が知りたいのは、その会社が本業で継続的に稼ぐ力です。

3. EBITDA倍率だけで、M&Aは成功しない

EBITDAは、M&Aにおける企業価値評価の重要な指標です。 しかし、EBITDA倍率だけでM&Aの成否が決まるわけではありません。

たとえば、EBITDAが1億円の会社を、EBITDA倍率5倍で買収する場合、企業価値は概算で5億円になります。 しかし、この5億円が高いのか安いのかは、単純には判断できません。

なぜなら、買い手が本当に見るべきなのは、買収後にその会社からどれだけの価値を生み出せるかだからです。 EBITDAが安定していても、成長余地が乏しい会社、設備投資負担が重い会社、顧客離れが進む会社、キーマンに依存する会社であれば、買収価格の回収は難しくなります。

倍率が低い会社

安く見えても、成長性が低い、リスクが大きい、買収後に収益が落ちる会社であれば、割安とは限りません。

倍率が高い会社

高く見えても、成長率が高く、買収後シナジーを出せる会社であれば、合理的な価格になる場合があります。

本当に見るべきもの

買収後に、自社の経営資源でどれだけ企業価値を高められるかです。

M&Aは、過去の利益を買うだけの取引ではありません。 買い手は、対象会社の過去のEBITDAを基礎にしながらも、将来のキャッシュ・フロー、成長性、シナジー、PMIの実行可能性を見なければなりません。

つまり、EBITDA倍率は入口であって、結論ではないのです。

4. 企業価値は、ROICと成長率の関係で考える

企業価値は、過去の利益実績だけで決まるものではありません。 会社が投入した資本に対して、どれだけ効率よく利益を生み出しているか。 そして、その利益を将来どれだけ成長させられるか。 この2つが重要です。

ここで重要になるのが、ROICと成長率です。 ROICとは、投下資本に対してどれだけ利益を生み出しているかを見る指標です。 成長率とは、その会社の売上、利益、キャッシュ・フローが将来どれだけ伸びるかを示す考え方です。

ROIC

投下した資本から、どれだけ効率よく利益を生み出しているかを見る指標です。

成長率

将来の売上、利益、キャッシュ・フローがどれだけ伸びるかを見る指標です。

企業価値

現在の収益力と、将来の成長力を組み合わせて評価されます。

DCF法では、将来のキャッシュ・フローを現在価値に割り引いて企業価値を算定します。 つまり、現在のEBITDAや利益だけでなく、将来どれだけキャッシュを生み出すかが重要になります。

企業価値を高めるためには、単に利益を出すだけでは不十分です。 少ない資本で高い利益を出し、その利益を再投資して成長を続ける会社ほど、買い手や投資家から高く評価されます。

売り手側の視点: M&Aで高く評価される会社にするには、EBITDAを増やすだけでなく、資本効率、成長性、再現性、管理体制、組織力を整える必要があります。

5. 上場株式投資とM&A投資の難しさは似ている

上場企業の株式投資でキャピタルゲインを得るには、市場がまだ十分に織り込んでいない価値を見抜く必要があります。 すでに株価に織り込まれている成長をそのまま実現しただけでは、大きな超過リターンは得られません。

M&Aも同じです。 買い手が買収価格に織り込んだ将来価値を、買収後にそのまま実現しただけでは、期待どおりの投資回収にとどまります。 本当にM&Aを成功させるには、買収時に想定した以上の価値を、買収後に生み出さなければなりません。

  • 売り手が売り急いでおり、合理的な価格で買える
  • 買い手が持つ販路、資金力、信用力、人材を活かせる
  • 買収後に新たなシナジーを生み出せる
  • 買収前には見えていなかった成長余地を引き出せる
  • PMIによって、組織・管理・営業・財務を改善できる

M&Aで買い手が利益を得る源泉は、単に安く買うことだけではありません。 むしろ、買収後に自社の力で対象会社の価値を高めることにあります。

資金調達力、顧客基盤、ブランド、海外展開力、管理体制、人材、マーケティング力、ITシステム、経営管理能力。 これらを買収後に投入し、対象会社単独では実現できなかった成長を実現することが、M&Aの本当の投資成果になります。

6. 財務DD重視から、ビジネスDD重視へ

M&Aのデューデリジェンスでは、財務DDや法務DDが重視されます。 これは当然です。 簿外債務、税務リスク、契約不備、労務問題、訴訟リスク、許認可問題を見落とせば、買収後に大きな損失を抱えることになるからです。

しかし、M&Aの成否を決めるのは、財務DDや法務DDだけではありません。 本当に重要なのは、買収後に対象会社の価値を高められるかを見極めるビジネスDDです。

財務DD 決算書、正常収益力、EBITDA、簿外債務、運転資金、資産・負債を確認します。
法務・労務DD 契約、許認可、株主関係、労務リスク、未払残業代、訴訟、コンプライアンスを確認します。
ビジネスDD 顧客、競争環境、成長性、収益構造、シナジー、PMIで実現できる価値を確認します。
PMI設計 買収後に誰が、何を、どの順番で実行し、企業価値を高めるのかを設計します。

ビジネスDDは、外部専門家だけに任せるものではありません。 買い手企業の経営陣、事業責任者、現場責任者が、自社の経営資源を使って本当に対象会社を伸ばせるのかを、自ら判断する必要があります。

その買収によって、売り手企業単独では実現できなかった付加価値を生み出せるのか。 買い手の営業力、資金力、信用力、人材、管理能力、海外ネットワーク、IT、ブランドを活かせるのか。 ここを見誤ると、EBITDA倍率がどれほど合理的に見えても、M&Aは成功しません。

結論: EBITDAは、M&A価格を考えるための重要な入口です。 しかし、M&Aの成功は、買収後にEBITDAをさらに高められるか、つまりPMIで企業価値を伸ばせるかで決まります。

EBITDAは、M&Aの価格を考える入口です。
しかし、M&Aの成否を決めるのは、買収後にそのEBITDAを伸ばせる経営力です。

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本稿の著者

松本尚典

URVグローバルグループ 最高経営責任者 兼 CEO
株式会社URVプランニングサポーターズ 代表取締役 兼 エグゼクティブコンサルタント

松本 尚典

  • 米国公認会計士
  • 一般財団法人M&Aアドバイザー協会認定M&Aアドバイザー

日本の大手銀行、ニューヨーク・ウォール街での金融系コンサルティング業務を経て、日本国内の大手企業数社で役員を歴任。 M&A大国である米国において、クロスボーダーM&AやTOB案件に関与し、日本国内でも投資企業側の責任者として複数のM&A案件を推進してきた実務経験を有する。

2015年に、URVグローバルグループのホールディング会社であり、経営支援事業を本業とする株式会社URVプランニングサポーターズを設立。 多くの中小企業経営者の経営顧問・監査役として、成長戦略、資本政策、M&A、PMIに関わる。

投資企業側の事情と、投資を受ける成長企業側の事情の双方に精通する経験を活かし、成長企業への投資・資本提携に特化した成長企業M&Aアドバイザリーを展開している。

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